Life is short!

シンガポール在住 4児の母の徒然ブログ

観察日記〜1年経過〜

はい、予想通り、1年あっという間に過ぎてしまいました。でも振り返ってみると濃い〜貴重〜な1年間。あちこち飛び飛びで、雑感、みたいな感じですけど、以下、子ども達や学校についての、観察日記です。

 

《で、英語力、どうなん?》

子ども達、1年間本当によく頑張りました。来星直後は、たぶん学校で自分が何をやるべきなのか、からよくわからずに通学してたと思うのですが、今では次々にやってくる新入生の子達を自分がサポートしてあげることも(多少は?!)できているようです。

英語環境で1年間過ごし、大雑把に言うと現在は「周囲で何が起きているか理解し対応できる、そのために必要な会話ができる」状態。昔昔、私も英語力ほぼゼロから始めた大学留学の時も、1年後はそんな感じだった気がします。ただ、彼らは学校でも日本人のお友達とおしゃべりできるし、帰宅後は日本語生活なので、「自ら英語を話す機会」は当時単身ホームステイだった私より圧倒的に少ない。やはり言語はやればやるだけ力がつくものなので、かなり自分で意識して機会を増やさないと、スピーキングを伸ばすのは時間がかかりそうだなあーと感じています。

ライティング:中高生は800字〜1000字のエッセイを書く宿題も「うへー」とメゲながらもちゃんとこなして提出できるように。先日は「今日のエッセイ、グラマーの直しが一つもなかった!」と喜んで帰宅してました。小学生も、テーマに沿って自分でリサーチした内容をonlineのブックメーカーで一冊にまとめる作業をしたりしています。中身はまだまだ発展途上ですが、まずイントロダクションがあり、目次があり、本編、結論、出典まで、きちんとした型を学んでいます。

リーディング:ESLクラスでは「とにかく本を読みなさい!」と言われ、オンラインのリーディングサイトを利用して、レベルをあげていってます。特に小さい子ども達は、日常的な会話を身に付けるのは早いけれど、それ以外の単語に出会い、吸収していくにはいろいろなカテゴリーの本を読んでいくことが一番!ということです。学校の図書館も利用しますが、オンラインの教材、いいんですよ〜。レベル別にたくさんの本があり、物語もあれば自然科学的な読み物もあって、英語だけじゃなくて、世界のいろいろな場所や自然や事象についても一緒に学ぶことができちゃう。読み上げもしてくれるし、最後に内容確認のクイズまでついてる。日本に帰国した後も、有料でも利用し続けたいくらい、と思ってます。英語環境にいる子どもが日常会話を習得するのは早い。でも「英語で会話ができる」というのと、「英語圏の大学で勉強する」や「英語で仕事をする」というのでは、求められるレベルが全然違うわけですね。そこまで持っていくためには、やはり相当な読書量、質も量も、が必要となりそうです。

 

《どんな生徒が評価されるのか》

提出物を締め切りまでに出す、先生の話をきちんと聞く、課題に取り組み、やる。日本では、まあ一般的には当たり前というか、やって普通な姿勢、評価されます(笑)。真面目な態度、っていうのかな。これを続けてると、先生の信頼を勝ち取れます(笑)。日本人の生徒はこの「真面目な態度」がデフォルトと言ってもいいと思うんですが、世界を見回すとそうとはいえないこともあるわけで。日本人気質がプラスに働く面ですね。

一方で、苦手分野は「表現すること」。自分の考えを、たとえ他の人と違う意見だったとしても、ものおじせずに発表すること。これやっぱり、うちの子達も苦手(4人の中には例外もいますがw)。「みんなと違ったらどうしよう」「まちがっていたらどうしよう」そんな気持ちが先行してしまうんですよね。でも先生達が求めているのは、正しい答えではなく、自分の考えを持ち、自信を持ってそれを場に表明する態度です。

この、表現することを怖がらない態度、私は「ドラマ(演劇)」の授業が大きく影響しているんじゃないかなーと思っているんです。なんと、ミドルスクールから必須の授業なんです!日本は演劇なんて授業にないし、演劇やるなんて、小学校の学芸会か、中高の部活くらいしか、ないですよね?!こちらでは小学生も、学んだことをグループでパフォーマンス(寸劇)にして発表、というのをしょっちゅうやっています。言語と同じように、「表現する」というスキルも、小さい時からやり慣れていたら、人前で話したり、自由に気持ちを表したりすることも怖くないんじゃないかなー、なんて思います。

 

《振り返りの中身》

単元が終わるごとにやる「振り返り」、これが今までとは全然違うなあと感じます。私が振り返りとして思い出すのは、学んだ内容について「何を学んだか、どう思ったか」を原稿用紙に感想文を書く、といったようなもの。こちらで子供達がやっている振り返りは、方向性が全然違います。例えば、

・自分は課題にどう取り組めたか?

・どのような点で進歩したと思うか?

・次はどのような点を改善するべきと思うか?

・単元の進行はどのように進んだと感じるか?それはなぜか?

など、学んだ内容、コンテンツについてではなく、自分が学んだ姿勢についての質問にいくつも答えながら振り返るのです。コンテンツを学ぶ以上に、「学ぶ姿勢を学び、身につける」。それこそが大切なことなんだと、いつも思い出させてくれる気がします。最初の頃は、それらの質問にどう答えたら良いかわからなかった子ども達も、「自分の学び方」について振り返ることに、ずいぶん慣れてきた様子です。

 

《SG選択肢ありすぎー!》

すごいです、シンガポール。日本から子どもを連れてきて教育を、と思ったら、いろーんな選択肢があります。ありすぎるくらい!豊富な選択肢の中から、ベストな(と思われる)道を選び取るのは、簡単じゃないですねー。例えば、大きく分けたら

・日本人学校(小学校は2校、中学、高校もあります)

・インターナショナルスクール

・ローカル校

とあります。ローカル校は、地元の子供達が通う学校ですが、シンガポールでは学校の授業は全て英語で行われ、それぞれ自分の母語(マレー語、中国語、ヒンズー語など)も語学として習います。(なのでみんな基本バイリンガルです)外国人が入学するには英語力はもちろん必須で、入学試験もあり狭き門、と聞きます。インター校にも、アメリカやカナダ、オーストラリアなど一つの国の教育システムを踏襲している学校もあれば、国籍に偏りない学校もあります(ウチの子たちはこのタイプの学校に行ってます)。ESLが充実していて英語力ゼロでも受け入れOKな学校もあれば、ある程度の英語力がないと難しいと言われる学校もあります。

そして私がとても驚いたのは、まるで日本と同じような塾の存在。日本の有名大手塾もたくさんあります。そのタイプも、

・帰国の際にスムーズに日本の学校に戻れるようにする

・日本の中学高校受験に対応する

・インター校の生徒へのサポート(英語や、英語での数学、理科など)をする

・個別授業、クラス授業、オンライン授業

などなど。いたれりつくせり、ですね。うちの子ども達は、塾には行っていないのですが、お友達はほぼ皆さんどこかの塾に通っているようです。やっぱり必要なのかなーと思う気持ちもあるのですが、うーん、学校の宿題も多いし、この上塾に通うのって。。。みんなすごいなー。。。という感じ。なにがベストなのかは、やっぱりわからないですね。。。でもそれは日本にいても同じかな!

 

と、いろいろとりとめがなかったですが、1年後の現在、思うところーを記録してみました。予想では、これからの1年で子ども達がいろいろな点で大きく変化していくんじゃないかと思っています。1年後には、上から高2、中3、小6、小4になります。どんな風になっているか、今から楽しみです。

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学びの場とリアリティの間

子らの学校生活を眺めていて、ずっとモヤモヤと思うことがあって、まとまってないですけど、徒然と記しておきたいと思います。それは「なぜ彼らの学びはこんなにリアリティに近いのだろう」ということ。

 

上の子たち(中高生)は、かわいそうなくらいいつも宿題・課題に追われていて、でも諦めたり投げたしたりせず、地味な努力を続けているのがすごいなあと感心しているのですが。彼らはいつも、タイムリーでリアルな問題についてリサーチしたりエッセイを書いたりしています。サステイナブルな街づくりとは。戦争・紛争がなぜ起こり、どうしたらなくせるのか。身近なところでは兄弟・家族間の確執やいざこざはなぜ起こるのか、解決方法はあるのか、などなど、実際に今、自分たちが直面している問題について考えているのです。そこにはもちろん「正解」はありません。考え続け、よりよい道を探し続ける、それしかないわけですが、リサーチをしながらそれを肌で感じているのです。このリアルさが、とてもいいなあと感じつつ、それって私が受けてきた教育と決定的に違う、でも何が違うんだろう、とモヤモヤが続いているわけです。

 

教科書がないから?

小中高、どこも、教科書が一切ありません。その時々のテーマのために、基本的にはオンラインで資料を引っ張ってきて「考え、ディスカッションし、エッセイやスピーチ、作品作りなどでアウトプット」する。中高生はテストも頻繁にありますが、多くはプリントで正解を問われ点数がつくテストではなく、エッセイを書く、スピーチをするという形で、「学んだことを踏まえて自分の考えをまとめる」力を先生は見ています。 

学校での学びの場と、実生活のリアリティとの間でその距離を遠ざけているのは、教科書の存在なのかも、というのが私の仮説。教科書には「正解」が書かれており、生徒は教科書に書いてある正解を学ぶ。テストで教科書の内容が習得できているかどうか試される。すると、学びが教科書の中で完結してしまい、実生活へのつながりがなくても済んでしまうのではないか。オンラインの資料には、そもそも覚えるべき「答え」がないし、テストもできない。タイムリーな社会的課題もあれば、遠くローマ時代の戦い方についての文献を探ることもある。求められるのは、「リサーチの方法、進め方を学ぶこと」「自分の生活とのつながりや違いを見つけること」「何を学んだか考えること」「学び方を学ぶこと」「その学びが自分にどう影響するか考えること」などで、いずれも、正解はないのです。

 

教科書にかかっているフィルター

学生だった頃、教科書の内容はなんの疑いもなく「正解」であり「真実」であると思っていました。というか、そんなの当たり前で意識したこともなかった。でも実際には、複数の出版社が教科書を発行しており、その内容は、特に社会科で顕著だと思いますが、その出版社の意図を反映しているわけです。その内容が適当かどうか文部科学省が選定し、その中からどの教科書を使うか決めるのは、公立校であれば各市町村だし、私立校であればその学校。それだけのフィルターを通った後生徒たちの手元に届く教科書は、「 唯一の知るべき真実」を語っていると言っていいのでしょうか。それは「いくつもの意図を反映した資料のひとつ」ではないでしょうか。そんな教科書選定の仕組みを私自身意識できたのもほんの2、3年前のこと。地元大田区立中学校で使用されている社会科の教科書の記述があまりにも偏っていることを問題視し、地元の有志でなんども勉強会を開き、複数の教科書を読み比べたことがあります。教科書選定が行われる前にはパブリックコメントをたくさん集め、教育委員会に提出。幸いその時は、問題視した教科書は採択されず、教科書選定について市民が声をあげれば影響を及ぼすことができることを実感できたのですが、これも一つのフィルターと言えばそうですよね。オンラインの資料だってもちろん、著者の意図を反映したものであり、唯一の真実とは言えないわけですが、指定された教科書ではない分、その他の資料を当たる自由があるし、どの資料を使うか「自分で考える余白」がそこにはあるのです。

もちろん、教科書を学ぶことの利点もあると思うし、その使い方を工夫されている先生方もたくさんいらっしゃると思います。ただ教科書と、その外に広がる実世界とのつながりが意識されないままになってしまうことが多いとしたら、残念だなあと思うわけです。

 Lifetime Learner

子ども達の学校が大事にしていることの一つに「Lifetime Learner になる」というのがあります。教科書のcontentsを学ぶのではなくて、how to learnを学ぶ。それによっていつでも、どこにいても、学び続けることができる、学びは学校の中だけでは終わらない、ってことですよね。その姿勢は、ぜひ子ども達に身につけてほしいなと思うし、大人になっても、親になっても、持ち続けていたいなと私自身思います。

 

ちょっと、本当に徒然(汗)、ただのモヤモヤのシェアでした。すみません。こんなそんなについて、実際に生徒さんたちに教えている先生方といろいろお話できたら嬉しいなあ。

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Starry Night Performance

 Starry Night (星月夜)と名付けられた発表会では、子供たちがフィンセント・ファン・ゴッホの同名の作品を見て感じたインスピレーションを、詩や歌、パフォーマンスなど様々な手段を使って表現していました。とても面白いと思ったのは、算数や理科といった教科についても、この作品を通して表現されていたこと。一つのアート作品を軸にして、学びの幅ってこんなに広げることができるんだ、ということに感動し、イキイキと演じる2年生さんたちの姿を誇らしく思った発表会でした。

 

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具体的には、

月と子猫の絵本の朗読:様々な楽器での効果音つき

詩人(の役の子供たち)がでてきて、作品を見て浮かんだ言葉から作った詩の暗唱

アーティストがでてきて、自分が描いたStarry Nightの絵の発表

数学者がでてきて、絵の中に見つけた様々な形や数について発表

科学者がでてきて、絵を描く時におきる物質の変化(絵の具は液体、乾くと個体)発表

探究者がでてきて、この絵やゴッホにまつわる疑問を提示

などなど。最後は、日本の七夕について、短冊に願いを書いて星に祈る行事であることが紹介され、「たなばたさま」をみんなで日本語で歌ってフィナーレとなりました。

 

体育館の大きなステージで、台本があり、なんどもなんども練習があって、全校生徒と保護者を前に行う日本の学芸会と比べたら、メチャメチャ素朴です。ステージも特にない集会用ホールでやるし、衣装も「自分の役にあったイメージの服できてね」といったユルい指示でそれぞれ考えるので、みんなバラバラ。でもそこには、子供達がアート作品に触れた時の「感じ」や「気持ち」が見えたし、算数や理科での学びがただの知識ではなく、絵の鑑賞にもつなげられることを、子供たち自身が語っていました。「教科横断の学び」なんていうフレーズにしてしまうと、ちょっとつまらなく感じてしまうほど、豊かな学びの集大成でした。

国際バカロレア(IB) の初等教育(PYP)では、教科ごとの学習ももちろん大切ながら、それだけでは不十分であり、教科の垣根を超えて学習すること、実践に即したスキルを習得すること、が重要視されています。教科学習でもいわゆる「教科書」はなく、オンラインの資料などを使いながら手を動かして実験したり、教室の外に出たりして「自ら体験して学ぶ」ことが圧倒的に多いです。児童期の学びの形として素晴らしいなあと思う一方、保護者視点からすると「教科書のここからここまでの範囲を学んでいる」とか「テストは・・点だった」などの基準があった方が、わかりやすいと言えばわかりやすい(私たちは圧倒的にそっちに慣らされている)。さらに「教科の垣根を超えた学習」となると、何をやっているのか、からわかりにくい状態になり得ると思います。今回のパフォーマンスは、感覚的ではありますが、子供たちの学びが、教科を超えてどう全体としてつながっているか、が可視化されたような気がしました。

 

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6ヶ月の観察日記

4月に来星して6ヶ月ちょっと、経ちました。早いっ!

この間、出張続きの夫と、新しい環境で英語での学校生活を送り始めた子供達のサポートをしつつ、シンガポールを少しづつ探検してました。やっぱり、自分の知らなかった文化、習慣、言語、味、などなどに触れられるのは、それだけでエキサイティング!家族でこの機会が持てたことに本当に感謝してます。

中でも、国際バカロレア(IB)の小中高一貫インターナショナル校に通い始めた4人の子供達の様子を観察できるのが、日々本当に興味深い。IBプログラムの内容や進行は、私や子供達が受けてきた日本の公教育とは全く違うものだし、それにチャレンジしている子供達の様子や変化を見ているといろいろな発見があり、私自身学ぶことが多くあります。今日は、その6ヶ月の観察日記を。

《英語への慣れ方は、それぞれ全く異なる》

通っているインター校では、英語を母語としない生徒のためのESLサポートが充実しています。英語ゼロからのスタートでも、英語習得のための授業が日々あったり、メインの授業の中でも英語サポートをしてもらうなど、レベルごとの対応をしてくれて、一人一人習得にかかる時間は違うけれども、最終的にはサポートなしで普通に授業が受けられるようになることを目指します。それから、クラスメートから学ぶことも多いですね。学校全体では50カ国以上の国の子供達が在籍していて、日本人もたくさんいます。英語が話せる子も話せない子もいろんなレベルの子たちと毎日生活している中で、耳と体で覚えるコトバもたくさんあるようです。

同じように育てているつもりだけど、全く個性の異なる4人。英語環境への順応の仕方も、年齢の違いもあって4人4様全く異なります。日本で中2を終えてきた長男は、文法、文型の知識をベースに長文読解やライティングをこなす。音声への感度がよい長女は、聞いた言葉の再現能力が高く、頭よりも耳で吸収している感じ。失敗を恐れず、誰に対してもオープンになれる次女は、言葉がわからなくてもジェスチャーや表情でハッピーなコミュニケーションをする達人。末っ子の次男は、余計な固定概念なく英語の音を素直に吸収していて、いわゆる「ネイティブ英語」に近い発音で長めの絵本を読むようになっている。

年齢差の影響も大きいとは思うけど、同じ環境にいてもこんなにアプローチの違う学び方をそれぞれしていくのだから、学年みんなで均一の力をつけろ、と要求するのではなく、「学びの個別化」を進めていくのは、これからの公教育でも絶対必要だと感じます。

《デジタル・スキルの習得スピードは圧倒的》

中学生以上はマイMacbookが必須、小学生も1年生から学校では1台ずつPCを借りていろんな場面で使います。小2の次男は「コミュニケーションが(人間)関係を作る」というテーマ学習の中でeメールアドレスをもらって先生や友達とやりとりしたり、リンクの貼り方、検索の仕方、などのオンラインコミュニケーションについて学んでました。google driveに自分の作業中のプレゼンスライドなどが入っていて、家に帰ってくると私のPCで作業を続け、単語に合うイラストを検索してスライドに貼り付けるなど、すでにかなり自由自在。上の子達は、自分の端末で撮影したビデオを編集して、学習テーマにあったプレゼン作品にする宿題をオンライン提出、など。仕事をするうちにやっとやっと最低限のスキルをなんとか身につけてきた私は、もう既にかないません(汗)。学生の頃私は「英語を身につけることで、接することができる情報量が格段に増える」と思って英語の勉強は頑張った(他教科はあんまりww)けど、今は英語のみならず、デジタル・スキルも同様、ですね。一方で、このスキルの有無で生まれる格差拡大も今後の社会では課題になってくると思うと、なんとかできないものか、と考えてしまいます。

《正解することが大事、ではない》 

「あなたはどう思うか、それはなぜか」という問いが、本当に多い。そこには「正解」というものはなく、自分の思考とその理由付けを明らかにし、短い文でもそれを表現することが求められます。今まで学校でそんな風に問われたことがあまりなかった子供達は、最初は戸惑い、どう答えればいいのかさっぱりわからなかったのですが、これも繰り返しやっていくうちに慣れてきています。やっぱり「考える練習」、大事。「日本人は自分の意見がない」とか言われますけど、それはそのトレーニングをしていないから!学校では「教科書に書いてある正解」「先生の教えること」を覚えているかどうかで評価しておいて、社会人になっていきなり「自分の意見を述べよ」と言われても困ってしまうのは当たり前ですよね。社会にでるとこれが正解、なんてモノはないし、急速に変化していく世界で直面するだろう新しい課題に取り組んでいくためには、正解を知っていることではなく、そもそも正解なんてない中で、ベストと思える解にたどり着く思考力が大事、と実感しています。

《不安もいろいろアリマス》

これまで漢字や計算ドリルに費やされていた時間は、他の時間にとって変わっているわけで、もちろん何かをプラスしたら何かをマイナスしなくてはならないわけで。小学生は、吸収も早いけど、忘れるのも超早い!ので、その基礎学力的なところには正直危機感あります。対策として、次男は土曜日の日本人学校補習校へ入学(国語の授業だけやります)、次女は、日本では全く選択肢として考えていなかった公文の教室に通い始めました(算数だけ)。それから、学習内容が日本のように段階的でない部分もあり、小2で「物質の三態(気体、固体、液体)」を(まあそれなりの内容ではあるものの)やったり、中1の数学で単純に角度を求めよ的な問題がでたり。小中高一貫の連続性の中で全てがうまく網羅されるんだろうけど、おそらく2〜3年しか在籍しないことを考えると、「その後」はどうなっちゃうんだろう、という不安も。

 

そんなこんなで、大きなプラスと多少のマイナスも感じながら、ここでもやはり100%正解の学び方、なんていうものはなく、全てがバランスであり、個別であり、一つ一つ、一人一人、今ここで大切なことはなにか、なるべく丁寧に選びとっていくことを目指す、その連続なんだろうなあ、と思うこの頃です。

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探究授業とアイスクリーム

4年生の次女が今取り組んでいる探究テーマは、'consumer's choice'。消費者の選択が、環境や社会に与える影響について、考えています。

一つ目にリサーチしたのは、パーム油について。インターネットを駆使してわかったことは、安くて加工がしやすく、食品をはじめ石鹸や洗剤など様々な日用品にも使われていること。世界中で需要が大きい一方で、大規模プランテーションによる森林減少や生物多様性の喪失、地域住民の人権や労働問題など、問題も大きいことなど。次女は、パーム油とは何か、どんな製品に使われているか、どんな問題があるか、などをgoogle docのスライドにまとめていきます。(…と簡単に書いてますが、まず調べる、日本語で文章を作る、google translateにかける、妙な英語を母が修正する、英文音読、スライドに挿入、ビジュアルイメージを探す、といった長い工程です...)

家の中を探すと、カレーのルーと、石鹸にパーム油が使われていることが発覚。カレールーについては、原材料の日本語では「植物油脂」とだけしか書いていないのに、英語ではpalm oilとばっちり表記されてる!日本では曖昧な表記ができるようになっているために、消費者にとってはわかりにくく、パーム油の問題についても意識しにくいようになってるってことだよね、と話し合いました。「消費者の選択として、パーム油を使っている製品は買わないようにできるかなー?市販のルーを使わない、インドカレー風にしたらできるね!?」と提案したけど、やっぱりいわゆる「日本のカレーライス」大好きな次女は「うーん。。。!?」と悩んでましたっww

 

二つ目のリサーチは、フェアトレードについて。こちらについては、フェアトレードで生産された材料を使うアイスクリームメーカー「ベン&ジェリーズ」のお店をクラスのみんなで訪ねて、その歴史や理念、フェアトレードについてお話を聞き、アイスクリームも食べる!というお楽しみなフィールド・トリップが行われました。

ベン&ジェリーズがフェアトレードを大切にしてる企業だったなんて、私、全然知らなかった!ただの高級アイスの一つかと思ってた!早速HPを見てみると、「ベン&ジェリーズの関心」は、「フェアトレード」「結婚をフェアに」「温暖化対策」「平和を叶える」だって!めっちゃ社会派!先の衆院選でも、「選挙にいってアイスクリームをもらおう!」キャンペーンをやっていたなんて!私はもう、一気にB&Jファンになってしまったっ。http://www.benjerry.jp/

 アイスクリームは時々しか買わないけど、買うときはB&Jにする!と母が決意表明したことで(けっこう単純)、次女は「企業理念が消費者の選択を変えることもある」ことを実感。「B&Jが食べられるんだー!わーい!」とニコニコでした(時々、だけどねー笑)。そして、みんながフェアトレード製品を選んで買うようになれば、企業ももっとフェアトレードの製品を売るようになって、生産者の人ももっといい暮らしができるようになって、といういい循環になればいいね、と盛り上がりました!たぶん、各課題について娘の理解はまだおぼろげな感じだとは思うけど、こんな風に家で話題にできて、お互いどう思うか聞きあったり考えたりできるのは、とっても貴重な時間だなーと。探究授業に感謝です!

 というわけで、翌日早速、実は初めて、ベン&ジェリーズのアイスクリーム購入〜。美味しかった❤️

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徒然なるままに

時々、猛烈にアウトプットしたくなる時があります。

 

そんな時用の、徒然ブログ。

 

シンガポールで感じること。新しい学びについて学んだこと。

 

そんなことを備忘録的に綴ります。

 

Life is short. 

やりたいこと、やろう。